DAILY KOREAN PRO BASEBALL 2

1982年に発足し、2024年時点で10球団が加盟する韓国野球委員会(KBO)による韓国のプロ野球リーグ(通称KBOリーグ)に関するブログ。レギュラーシーズン、ポストシーズン(韓国シリーズなど)の試合速報や球団別の情報、現役プロ選手が含まれる野球韓国代表が出場する国際大会の情報などもお伝えします。 twitter : @kbodigest

  第8回 キアタイガース 

2007年成績 : 51勝74敗1分 公式戦最下位
 
 2007年は前年の球団史上初の最下位から4位にまで巻き返したキアは、2008年こそ11年ぶり10度目の優勝を目指したが、チームの内外とも不協和音が絶えず予想外の結果に終わってしまった。
 
 示範競技は勝率5割と可もなく不可もなくの成績で、開幕前の下馬評はポストシーズン進出可能な4位に入れるかどうか、といったところだった。4月6日のLGとの開幕戦は敗れたが翌7日に今季初勝利をあげ、4月は勝率5割前後を行き来し10勝11敗の5位で終わった。5月3日には勝率5割で首位SKと3.5ゲーム差の2位に浮上したが、翌4日のハンファ戦に敗れると5割に復帰することはなかった。8日のLG戦に敗れ4連敗で最下位に転落すると、11日まで6連敗と泥沼に陥っていった。その原因としては、野手ではホン・セワン、キム・ジョングク、投手ではチョン・ビョンドゥなど主力選手の相次ぐ故障にあった。本拠地光州の球場の人工芝が古く、怪我を起こしやすいという指摘もあったくらいである。
 このムードを変えるため、活躍できなかったエサートン、サットン(2005年現代で本塁打王を獲得)に代わる新外国人選手スコービー、ロドリゲスの2名の投手と、元メジャーリーガーの長距離砲チェ・ヒィソプを獲得した。メジャーリーグ通算40本塁打のチェ・ヒィソプの韓国デビュー戦となった5月19日のトゥサン戦は、ソウル・蚕室野球場に3万人の大観衆を集めたが、本人の成績は無安打に終わり、その後も調子は上がらず5月中に2軍落ちした。チームは5月下旬現代と最下位争いを続け、27日に最下位へ転落するとその後7位に浮上することはできなかった。5月は9勝15敗1分と大きく負け越し、首位ハンファとは6.5ゲーム差だったが、大混戦の上位争いに割って入れるような勢いはなかった。

 6月になるとチーム状態はさらに悪化し、5日までに4連敗を喫した。先発投手の数が足らず抑えにはハン・ギジュがいたが中継ぎ陣がそろわず、打線も迫力不足でつながりがなかった。しかたがなく若手投手を起用し続けたが結果は出なかった。18日には2006年まで指揮を執っていたSK前監督のチョ・ボムヒョンをバッテリーコーチに迎えるなど1軍、2軍のコーチ陣入れ替えを行うなどてこ入れを図ったが、23日まで2007年最悪の7連敗となってしまい、7位ロッテとのゲーム差も5以上に開いてしまった。6月も7勝17敗と大きく負け越し、勝率4割未満の圧倒的最下位で終わった。
 7月になっても5日には6月からの連敗が6まで伸び、一向に調子は上がらなかった。だが12日にはチェ・ヒィソプが1軍に復帰し、オールスター戦前の前半戦は最下位を独走して終わったが、後半戦に向けて希望が見え始めた。28日までに4連敗するなど7位ロッテとのゲーム差を詰めることはできなかったものの、7月は10勝11敗と4ヶ月連続で負け越したもののチーム状態は最悪を脱していた。
 8月になってもキアは覇気のない戦いを続け、18日まで今季2度目の7連敗を喫したが、月末に今季初の3連勝で10勝11敗と勝率4割以上はキープし、7位現代とのゲーム差も2,3前後に詰め寄り最下位脱出に希望を見せた。だが9月4日の蚕室でのトゥサン戦では、前身のヘテ時代の栄光からするとあまりにも不甲斐ない近年の成績に怒ったファンたちが球団首脳陣を批判する横断幕を出し、試合にも大敗したため暴徒と化したファンたちが選手の乗ったバスを取り囲む騒動まで起きた。
 結局10月1日のサムソン戦に敗れ、チームは2年ぶり2度目の最下位が確定した。9月以降も6勝10敗とさえない戦いを続け、6位争いをしていたロッテや現代との差は広がってしまった。7日の今季最終戦として予定されていたハンファ戦は雨天順延となり、ハンファが9日から準プレーオフからポストシーズンに出場することが決まっていたため、この試合はハンファがポストシーズンで敗退した19日に行われた。ポストシーズン開幕後の公式戦開催は25年ぶり2度目だった。なお10月18日にはソ・ジョンファン監督が成績不振の責任を取り契約期間を1年残して辞任し、後任監督にはチョ・ボムヒョンコーチが昇格した。なお19日のハンファ戦はチョ・ボムヒョン新監督が指揮を執ったが敗れた。

 投手成績を見ると、チーム防御率4.49は8球団中最下位で、先発、リリーフ共に頭数がそろっていなかった。先発陣では今季先発に転向し、年間を通してローテーションを守り続けエース格の働きが期待されたユン・ソンミンが7勝18敗と、防御率は3.78と悪くはなかったが最下位に低迷したチームを象徴するような成績を残した。5月に途中入団した外国人投手スコービーもローテーションを守り続け、チーム最多の8勝をあげた。その他では長年の故障から復帰し4年ぶりに勝利したイ・デジンが先発で登板し7勝したのが光った。
 だがその他は実績のない若手を起用し続け、4番手以降のローテーションはまったくといっていいほど定まらなかった。新外国人エサートンが2勝しかできず退団し、結局2006年チーム最多の14勝をあげたが、日本プロ野球東京ヤクルト(2008年から読売)へ移籍したグレイシンガー(日本での登録名はグライシンガー)の穴を埋められなかった。また、エース格の活躍が期待されていたが1勝しかできなかったキム・ジヌがチームを無断離脱したことなどにより、8月に任意脱退選手となり1年間プレーすることができなくなり、チームの士気に大きな影響を与えた。
 リリーフ陣は2006年に活躍した選手が不振や故障に陥り、先発以上に台所事情が苦しかった。中継ぎの柱として期待されたシン・ヨンウンは8勝したが、シーズン途中から先発に転向させられるなど起用法が定まらず、故障で戦線離脱した。メジャーリーグで10年以上活躍した大物外国人ロドリゲスは先発での起用が予定されていたが、ひじの故障によりワンポイントでの起用しかできず、わずか1セーブをあげたにとどまった。まだ20歳の若手のアンダースロー右腕ソン・ヨンミンが54試合に登板し、安定した投球を続けたのが収穫だった。抑えにはプロ2年目での飛躍が期待された大器ハン・ギジュが定着し、快速球で25セーブをあげた。2007年起用され続けたその他の若手の奮起に期待したい。

 打撃成績もチーム打率.257(8球団中6位)、本塁打73(最下位)、得点499(7位)と振るわなかった。だがサードに転向し打撃開眼で打率.338を記録し、自身初の全試合出場を達成したイ・ヒョンゴンが首位打者となり、チームに数少ない明るい話題をもたらした。10年連続打率3割達成が期待されたチャン・ソンホは、チェ・ヒィソプの入団によりファーストから外野にコンバートされ、打撃にも影響があったのか打率.281に終わり偉業達成はならなかった。また2006年は打率3割、39盗塁と活躍した1番イ・ヨンギュは、盗塁が17に減ってしまうなど成績が悪化し、チームが低迷した一因を作った。チーム盗塁数も8球団中5位の70個と決して多いほうではなく、貧打を補うことはできなかった。
 長打力不足を期待されて現代から移籍したサットンは、まったくチャンスで打てず5月半ばで退団した。期待のチェ・ヒィソプもチームの起爆剤にはならず、本塁打は7本しか打てなかったが52試合に出場して打率.337と、実力の片鱗を見せた。長年チームリーダーとして牽引してきたイ・ジョンボム(元中日)は、年齢による衰えもあり出場機会が激減し、打率も2割に達せず2008年は現役引退をかけた1年となる。
 守備面では失策数が8球団中6位の77個と、比較的少なく内外野ともにレギュラーが固定できないポジションが目立ったが、比較的安定し崩壊状態だったマウンドを守り立てていた。正捕手は2007年もキム・サンフンがつとめ、7年連続100試合以上出場を達成した。
 チーム別の対戦成績では、6位現代には11勝7敗と勝ち越したが他の6チームにはすべて負け越してしまった。

 オフの動向としてはチョ・ボムヒョン新体制の下、光州出身の元メジャーリーガーのソ・ジェウンメジャーリーグ通算89勝の大物外国人ホセ・リマなどを獲得し、投手陣の補強を中心に行った。スコービー、ロドリゲスは退団し、もう1人の外国人選手は内野手のロドリゲスとなった。投手陣を中心にチームを再建すれば、自力はあるだけに再び優勝争いに加わることはできるであろう。2001年ヘテからキアにチームが生まれ変わってから、ポストシーズンの短期決戦に弱いこともあり韓国シリーズに出場すらできていないが、今年こそ野球が盛んで数々の名選手を輩出した光州の街が歓喜に包まれてほしいと、熱狂的なファンたちは心から願っている。
(この項は今回で終了)
(文責:ふるりん