高校、大学野球で活躍し、プロ入り後は1990年代前半ロッテで主力投手として活躍したパク・トンヒィ氏が、22日未明に釜山市内で乗用車を運転中にバス停留所の柱に激突する事故を起こし、胸を強打していたため残念ながら即死した。享年39歳。
パク・トンヒィ氏は150km/h以上の快速球を武器に釜山高校時代に高校野球の全国大会で防御率0など驚異的な成績を残し、高麗大進学後は韓国代表のエースとして活躍した右腕投手で、第2のソン・ドンヨル(現サムソン監督)として期待された選手だった。大学卒業後の1990年に故郷釜山を本拠地とするロッテに入団し、その年10勝をあげエースのユン・ハッキルらともに主力投手となった。当時記録した最高球速155kmは、オム・ジョンウク(SK)に破られるまで史上最速記録だった。翌91年は14勝、92年は7勝にとどまったが、同年の韓国シリーズで2勝1Sと活躍しシリーズMVPに輝いた。また91年の第1回日韓スーパーゲームで来日し、第1戦では先発も務めた。
だがその後は球種の少なさやひじの故障に悩まされ成績は下降し、1997年サムソンへトレードされた。サムソンではロッテ時代のような目だった活躍をすることができず、2002年限りでウェーバー公示されそのまま引退となった。現役13年間の通算成績は59勝50敗58S、防御率3.68。引退後は釜山市内で飲食店を経営していた。その早すぎる死に、球界関係者からはパク・トンヒィ氏を悼む声が聞かれている。
(現役時代のパク・トンヒィ氏)
(文責:ふるりん)