DAILY KOREAN PRO BASEBALL 2

1982年に発足し、2024年時点で10球団が加盟する韓国野球委員会(KBO)による韓国のプロ野球リーグ(通称KBOリーグ)に関するブログ。レギュラーシーズン、ポストシーズン(韓国シリーズなど)の試合速報や球団別の情報、現役プロ選手が含まれる野球韓国代表が出場する国際大会の情報などもお伝えします。 twitter : @kbodigest

  2月19日 SKワイバーンズ (沖縄県うるま市・具志川野球場)

2011年シーズン終了後、イ・マンス新監督が就任したSKワイバーンズは、在日韓国人キム・ソングン前監督のころとはキャンプ地を変更し、第1次キャンプを高知市ではなく、アメリカ・フロリダ州ベロビーチにしました。ですが第2次キャンプ地は相変わらず沖縄県うるま市・具志川野球場となっています。

 管理人が訪問した2月19日は第2次キャンプの練習初日で、選手たちは午前9時半ごろ野球場に到着しました。
 野球場は広い運動公園の一部にあり、東側に海を眺めることのできる高台の崖のすぐ上で沖縄らしい風光明媚な光景が楽しめます。

 イ・マンス監督がにこやかに挨拶してくださいました。

 
 SKは2011年までキム・ソングン監督のつてもあり、日本人コーチが多数在籍していましたが、現役引退後アメリカでの生活が長かったイ・マンス監督体制では日本人コーチはおらず、代わりにジョーアルバレスコーチなどアメリカ人コーチが就任しています。
 この日、球場への取材で訪れた地元のFM局の方も、日本語ができるSKの職員の方がいないということで、前年までとは大きく変わったチームの姿に戸惑っていました。


 練習開始前に円陣が組まれ、イ・マンス監督が何かを選手たちに伝えていました。


 アメリ東海岸から韓国を経由して18日那覇空港に着いたばかりだったため、この日の練習は軽めのものになっていたようでした。



 SKに加わった新戦力の一人、イム・ギョンワン投手です。
 2011年オフ、ロッテからFAで移籍してきました。
 アンダースローのフォームが特徴的です。


 同じくFAでSKに移籍した大型捕手チョ・インソンは、この前の週に父親が他界し、葬儀や喪に服すためかこの日まだチームに合流していなかったようでした。

 また、2010年までハンファでプレーしていましたが、FAを行使してもどの球団とも契約できず、2011年はやむを得ず日本の関西独立リーグ・ソウルヘチでプレイングコーチのような役割をしていたチェ・ヨンピル投手もいます。
 豊富な経験を若い選手たちに伝えてほしいです。


 


 ちょっと困ったのが、背番号33、背番号54の2人の外国人選手が両方とも、背中に「로페즈(ロペス)」と書いてあったことです。
 

 さらに背番号54をつけたキム・ジュヒョンという選手もいて、さっぱり訳が分かりません。
 どうやら最初、2012年よりキアからSKに移籍したロペスは背番号54をつける予定でしたが、その後33番をつけることにしたため、2011年に33番をつけていたキム・ジュヒョンは54番となったようです。
 もう1人の外国人選手はマリオ・サンティアゴ(登録名はマリオ)ですが、こちらは59番をつけるようです。
 
 自分たちのチームの間だけならいいのですが、2月22日、日本プロ野球北海道日本ハムとの練習試合でロペス、マリオが登板した際、同じ「로페즈」と書かれた背番号の違うユニフォームを着ていたため、この試合を中継していたスポーツ専門チャンネルGAORAのアナウンサーや解説者の岩本努は混乱してしまい、あとで事情を知りややあきれたコメントを残していました。
(キャンプ中に背番号を交換することになりましたが、新しいユニフォームが間に合わなかったとか。)

 韓国らしいおおらかさといいますか何と言いますか…

 また、パク・キョンワン、キム・グァンヒョン、ソン・ウンボムなどのリハビリ組は、球場隣の具志川ドームで室内練習に励んでいました。


 
 
 都合により、野球場を11時過ぎに離れました。
 この日の練習は昼過ぎで終わったそうですが、報道によるとイ・マンス監督が集中力を著しく欠いた選手が多かったため激怒し、早々と球場を引き上げさせたとのことです。
 いつもにこやかに笑っているイ・マンス監督にも、やはりこういう厳しい面があるようで、今後の指導者としての活躍、そして2年ぶりの韓国シリーズ優勝を期待します。
(文責 : ふるりん)